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zoom RSS 奈良・母子放火殺人。

<<   作成日時 : 2006/06/29 20:42   >>

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自分ではうまく理解できないことを認めるが、これで理解したと言うのは早計なのではないか。

池内ひろ美の考察の日々:奈良・母子放火殺人
だから火を放って、消し去ったのである。
義母子を殺害する目的ではない。消し去り、リセットしたかったのである。

手がかりは彼の『リセットしたかった』という言葉だけだ。この言葉が正しいと前提することで、両親の離婚、父親の厳しい叱責と体罰、医師になることへの周囲の期待などが綺麗なストーリーをくみ上げる。

でも、本当にそうなのか?

彼は自分が何をしたかを知っているだろう。それがすべきでなかったことも知っているだろう。でも彼は火をつけてしまった。殺してしまった。だから彼には理由が必要なのだ。少なくとも、他人が聞いたら勝手にストーリーを組み立ててくれる程度の理由が。あるいは自分が世間に対してストーリーを組み立ててみせる程度の理由が。

彼がウソをついているとは思わない。しかし、いやだからこそ、わたしには彼の言葉が信じられないのだ。

誰も悪くない。
亡くなった義母も、義弟も義妹もなにも悪いことはしていない。彼の父親も悪いわけではない。彼を引取ることのできなかった母親も悪いわけではない。近所に住む祖父母も、学校も学友にも責任はない。
彼自身だって、悪くない。

この言葉は誰も救えない。
亡くなった義母も、義弟も義妹も救うことはできない。彼の父親を救うわけでもない。彼を引取ることのできなかった母親も救われはしない。
そして誰よりも、彼自身を救わないだろう。

ーーああ。彼の悲鳴が聞こえるようだ。

その悲鳴はわたしには聞こえない。
だがわたしならこう叫んでいるだろう。

『それで僕を判った気にならないでくれ!』と。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして。
danさんのBlogから池内さんの記事を知り、そしてここに来ました。

私はあなたと同じ違和感を池内さんに対して持ちました。怒りすら沸くくらいです。

danさんのところにもコメントを書きましたが、そもそも今は"家"という言葉に代表されるもの自体が(それへの感覚が)希薄なのかもしれないとは思います。

私にも悲鳴は聞こえないし、更生など信じない("変化"は誰にでもあるだろうが)。

ところで"救う"なんてことも無いと思っています。あるとすればそれは関係者ではなくこのニュースに触れた人たちの安心と忘却への"助け"でしょう。

少なくとも死んだ人たちこそが最も救われるべき人たちだと考えます。
takupe
URL
2006/06/30 00:34

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